シンガポール法人を設立するメリットとは 〜税制編

by | Apr 3, 2022

 少し前になりますが、日経ビジネスオンラインにて衝撃的なスクープがありました。

LIXILMBO検討、日本脱出も」2019121

 https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00006/011800009/

 中身は、創業一族の潮田洋一郎会長が本社を上場廃止してシンガポールに移転しようとしている、というもの。LIXILは古くはトステム、INAX他建具大手の会社が合併してできた超巨大企業で、売上は1兆数千億・社員は5万人を超える、日本を代表するグループの一つです。この日本を代表する企業がシンガポールに本社を移す、というのは大きなニュースになりました。潮田会長は会社として決議された事実は無いと否定しているようですが、火のないところに煙は立たないだけに、少なくとも本気で検討をしているのではないかと考えられます。

 また、時を同じくして高級掃除機で大人気のダイソンもニュースを発表しています。

Dyson to move head office to Singapore2019122

https://www.bbc.co.uk/news/business-46962093 英語

https://www.bbc.com/japanese/46968640 日本語

 ダイソンの本社移転は正式な決定で、シンガポールに住むCEOに合わせてCFO(財務責任者)、CIO(法務責任者)の二人がシンガポールに引っ越すことで本社を移すことになります。ダイソンの売上は6,300億円程とLIXILには及ばないものの、イギリスを代表する大企業です。そして世界的にも高級掃除機、をテーマにした高級家電という新しい市場を切り開いた革新的企業として注目を集める存在です。そのダイソンがシンガポールに本社を移転するということで、大きなニュースになっています。

 この2つのニュースに共通するのは、「国を代表する大企業がシンガポールに法人を移転しようとしている」「創業家の中核メンバーはすでにシンガポールに住んでいる」ということです。こうしたニュースが出ると、「シンガポールでは税金が安いからだ」と言われることが多々あります。そこで改めて、何故シンガポールに本社を移転しようとする、現地法人を設立してビジネスを移転しようとする会社があるのか、シンガポールに法人を持つ・拠点を移すメリットを特に税務面から考えてみたいと思います。

シンガポール法人のメリット1.低い法人税負担

 〜シンガポールは最高で17% vs 日本は30%

 シンガポールでは税率が低い、というのは一般に知られた事実となってきています。法人税は17%、個人の所得税は22%が最高税率です。実はこの税率については少し誤解があり、あくまでも最高税率であって実際の税率はもっと低い、というのが事実です。

 例えば、利益が5,000万円(1SGD=90JPYで換算、555,000 SGD)の会社があったとします。この場合、シンガポールの法人税率はおよそ13%となります。これは中小企業向けの税金控除の仕組みがあり、利益の一定部分までは税金を値引きしてくれるため、少し低い税率になります。ただし、大企業の場合はこの控除もインパクトが薄れるため、結局ほぼ17%の法人税になります。対して日本の場合、法人実効税率は30%程になっています。この計算に基づくと、17%の違いが出ます。

 このシンガポールと日本の法人税比較をLIXILのケースで考えます。2018年、LIXILの税引前利益が約900億円で、日本の法人実効税率だと法人税が270億円、実際には調整があるようで法人税は215億円となっています。つまり24%30%の法人税が課せられると考えられます。これに対して、シンガポールの場合、17%の最高税率が課されたとして153億円の法人税となります。差分は813%、金額にして62億円~117億円も違ってきます。

 1年で何十億という税金の差分=現金が手元に残る、という事実は、シンガポールに法人を移す大きな動機になります。事業においてはその現金は成長のための再投資に回り、更に利益・現金を生み・・・と複利で増幅されます。10年経つと1,000億円以上のインパクトが想像されます。

シンガポール法人のメリット2.低い所得税率と社会保障費負担
〜シンガポールでは最高で22% vs 日本は45%プラスアルファ

 個人に目を移すと、シンガポールでは最高税率が22%となっています。ただ、この最高税率は、所得のうち400,000 SGD(約3,600万円)を超える部分にかかる税率で、それ以下の部分はもっと低い税率になっています。例えば年収800万円ほどであれば所得税は5%弱しかかかりません。シンガポールの所得税を詳しく見ていくと、日本で報道されている以上に安い、と思われる方が多いです。

 対して日本では最高税率は45%となっています。そこから控除があるため実際の所得税は低くなります。しかしながら、日本の場合、その他の税金、復興特別所得税、住民税が実質所得税としてかかってくること、社会保障費がかかり健康保険などは所得比例で上昇することがあり、実際の税負担はもっと重いと言えます。

 シンガポールに法人を設立して移住をする会社オーナーさんが多くいる中、そうした個人の方々にはどのような税メリットがあるかをケースを使って説明していきます。

ケーススタディ 年収1,000万円

 仮に年収が1,000万円だったとします。シンガポールの場合、所得税は7%で、住民税も他の所得に関わる税金はありません。社会保障費に該当するものはCPFというものがあり、シンガポール国民と永住権保有者のみ20%かかります。住宅の購入に使えたりするため、日本と完全一致はしないことにも注意が必要です。このCPFは外国人の場合はかからないため、所得税7%、で計算が終わります。

 日本の場合、年収1,000万円だと所得税は17%超、更に復興特別所得税と住民税を入れると約30%になります。更に社会保障費は個人・会社分合わせると約15%ですので、何と45%にもなります。日本の所得(α)30%+社会保障費15%45%に対して、シンガポールは7%で終わり、38%ほどの違いが出てきます。年収1,000万円で手取りが550万円と930万円違いとなり、手取りベースでは金額にして380万円増、つまり1.7倍にもなります。生活が一変するくらいの違いですね。

 ちなみに、シンガポールで永住権が取れた場合、永住権保有者はCPF(積立式の社会保障費)があり、給与の20%が控除されます。年収の給与・ボーナスの内訳により上限があるため、敢えてざっくりと全部月の給料だったとすると上限に達するため、20%も引かれることはありません。割合になおすと、シンガポールの所得税7%CPF13%20%、となり、税金や社会保障費は日本よりも大幅に安いと言えます。

ケーススタディ 年収5,000万円

 年収が上がると更にこの差は大きくなります。次に年収5,000万円を考えてみます。このケースではシンガポール所得税が17.3%、日本だと税金だけで47%となり、差は約30%で金額に直すと1,500万円の税金の違いです。手取りの年収はシンガポールだと4,130万円、日本だと2,650万円、1,480万円のち外となり、税金の影響だけで手取りが1.5倍以上の違いになっています。

 更に社会保障費を考えると日本の税負担は明らかに重い、と言えます。ただ、社会保障費部分は所得に応じて上がる部分とそうでない部分、そして上限があるため、影響はやや小さくなります。こうした高年収の方々にとっては、社会保障費の影響よりも、シンガポールで享受できるその他の税金のメリットが大きくなるため、社会保障費の詳細などはあまり気にしなくて良いかもしれません。

シンガポールの社会保障費が低いことや物価が高いことによる影響は・・・?

 シンガポールでは外国人の社会保障部分(例えば健康保険や年金)は、「自己責任・自己管理」となります。つまり別途保険を購入するかどうかを検討する、日本の年金支払継続を検討する、といった判断が必要です。

 多くの場合、民間の健康保険に入るため、その部分はコストがかかることになります。健康保険は保証範囲や家族構成・年齢・健康状態によって費用が大幅に異なるため、一概には言えません。参考までに、40代で健康な人が民間の健康保険に入る場合、年間3,000〜4,000ドル(27〜36万円)程度になることが多いようです。先程の税金の何百万円・何千万円の違いと比べると大きくは無いですね。

 更に、シンガポールは日本より物価が高い、ということも本当に使えるお金が増えるかどうかに関わってきます。日本の加工食品や生鮮食品を買うと、輸入されてきたものですのでその分コストは高く、2〜3倍くらいの値段(!)になっていることが多いです。今はドン・キホーテがスーパーマーケットを開店したため、2倍を切るくらいの値段で買えるものも増えてきました。特に日用雑貨などは値段もこなれてきています。仮に日本に住んでいるかのように暮らすとコストは相応に高くなりますが、高所得の方からすると、節税効果を上回るほどの生活コスト増にはなっていない、とのコメントが多いです。

 逆に、シンガポールローカルなもの(食べ物やお店)との相性が良ければ当然に価格も日本のもの(=海外からの輸入品)よりも手頃だったり、あるいはシンガポールで一般的なものを買うことでこなれた価格になっている、日本で買うよりも安い値段になっている、ということもあります。シンガポールでの生活を楽しんで、日本のもの以外を取り入れていくと、実はそれほど生活コストはあげずにすむかもしれません。更に、タクシー(初乗り300円程度)やGrabやGojekなどの配車アプリ(アプリで車を呼べ、タクシーのように目的地に連れて行ってくれる)はコストが安く、海外旅行のフライト数も多いため、移動や旅行のコストは日本にいるよりも安い、という隠れたメリットもあります。

まとめ:シンガポールに移り住む個人視点での税メリット

 シンガポールと日本は税金だけではなく社会保障なども仕組みが大きくことなり、単純な比較はできません。強制加入の保険が無い代わりに、日本政府が庇護してくれていた健康面の費用は自分で管理することになります。ただ、自由になるお金という意味での収入は、税金が大幅安、社会保障費負担も大幅に軽く、物価が(場合により)高い、といったバランスを見ていくと、トータルでみたときのシンガポールの方が税と社会保障負担は日本に比べて極めて軽く、手取りが大幅に増える(特に高所得者)、と言えます。

シンガポール法人のメリット3.配当と資産に課される税金
〜シンガポールでは基本非課税 vs 日本は基本課税

 資産運用に関わる税金面でも、シンガポールと日本では大きく異なります。冒頭に上げた二社の創業者のように、大企業の大株主となると配当収入は莫大なものになります。例えば、ユニクロの柳井家は352億円の配当を得ていると言われています。そのうち一部はオランダ法人で受け取っており、これはオランダが配当に対して課税しない税制を取っているためです。

シンガポールは配当非課税

 シンガポールも同じく、配当には原則課税されません。そのため、もらったものをそのまま受け取ることができます。対して日本の場合、ざっくり言うと20.42%課税されます。この違いは大きく、先程のユニクロの柳井家で考えると、352億円の受け取りで、シンガポールは税金ゼロ、日本は20.42%です。つまりシンガポールで受け取れば352億円が手取り、日本で受け取れば281億円手取り、と71億円も目減りしてしまいます。そもそも一般人にはご縁の無い352億円の配当ですが、1年で71億円もメリットがあるのであれば、それだけでも移住を検討する人が出るのも頷けますね。

二重課税を避けるための税制度

 稼いだものには税金がかかるものだ!という主張はおっしゃる通りなのですが、実はこの配当課税というのは、二重課税の問題をはらんでいます。まず、企業は稼いだ利益に対して法人税を払います。税金を払った後に残った利益(税引き後純利益)が主な配当の出処になります。この配当を払い出す時に株主の側でも再度課税されてしまうと、2回課税されてしまうのです。つまり法人レベルで一回、株主レベルで一回、合計二回課税されるため二重課税と言われます。

 この二重課税を問題視して、配当に課税しないポリシーを取っている国が相当数あります。残念ながら日本は二重課税になっているので、20.42%払う必要があります。対してシンガポールは二重課税を避ける、と明言しており、個人も法人も、配当は課税対象外となり完全非課税なのです。

シンガポールでは値上がり益(譲渡益)も非課税

 もう一つ資産運用で大きな影響があるのは、値上がり益への課税です。株式や不動産を保有して売却時出る利益のことを譲渡益、といいます。この譲渡益に対して、日本では20%課税されるのですが、シンガポールでは原則非課税となっています。

 これはシンガポールでは資産性のもの(例えば長期不動産投資)には課税しない、所得性のもの(典型的には給与や事業・営業からの収入)には課税をする、というスタンスのため、資産性の取引による譲渡益には一切課税されないのです。そのため、株で資産を持っている人、つまり会社オーナーはシンガポールに来てから株式を売却する方が、譲渡益に課税されず、手取りが大きくなることになります。

 株式の譲渡益が想定されるケース、例えばスタートアップ(ベンチャー企業)の創業者がシンガポールに移り住んだり、最初からシンガポールで起業をするケースというのもよくあります。スタートアップの多くの狙いは少額の資本金で始め、事業がうまく成長させ、会社全体を売ったり株式公開をして莫大な譲渡益を得ることにあります(もちろん経済的なリターン以外の狙いもあるでしょうが、少なくともお金の面での狙いは通常譲渡益です)。この場合、売却をした金額がほぼ全額譲渡益になるため、「譲渡益非課税」とはつまり、「スタートアップで成功すればリターンは全額非課税」という意味合いになります。

 別のケースでは、ホールディング会社をシンガポールに作り、その傘下に各国の法人をぶら下げる形です。これは各国法人(子会社)を売却することになった場合、その売却に伴う譲渡益課税を避けられるという効果もあるためです。

更に、シンガポールでは相続税も非課税

 この資産的なものには課税しない、という考え方は相続時にも当てはまり、シンガポールでは相続税はゼロ・課税されません。一方悪名高い日本の相続税では、最高で55%の税がかかります。実際は控除があるため、55%になることは無いのですが、仮に10億円の現金を相続したとすると、約48%程の税金がかかります。シンガポールではそのまま丸々相続できるのに対して、日本では半分しか引き継げない、という制度の違いがあります。更には外国人であっても日本に一定期間以上滞在すると日本の相続税の対象となってしまうため、外資系企業のシニアメンバーなど資産を持つ外国人は日本に駐在するのを嫌う状況となっています。

 こうした日本の相続税問題から開放してくれる税制度を求めて、シンガポールに引っ越してくる日本人の方々も多くいらっしゃいました。その後日本政府が海外に出国する際に課す「出国税」を重くし、また相続時に”海外在住・相続税対象外”と認めるための条件を厳格化したため、若干そうした移住をされる方も減ったように見受けられます。この相続税の違いは、それを理由に移住を実行する方が出てくるくらい、重要トピックなのです。

日本と大きく異なる税制度で起業家を引きつけるシンガポール

 このように資産運用への課税については、もちろん制度の設計ポリシーの違い(日本では資産の再配分を重視)が大きく、一概にどちらが良い、悪いとは言えません。ただ一つ言えるのは、資産家・会社オーナーに取っては、シンガポールの税制は物凄く魅力的なしくみである、実際に日本の資産家や起業家を惹きつけている、ということです。成熟した会社であれば配当非課税という大きなメリットがあり、成長中のスタートアップからすると将来の売却時の譲渡益について課税される心配が無く事業にフォーカスできるわけです。シンガポール政府はこうした税制を意図的に組み上げ、世界から資本が流れ込み易い土壌を作っており、成功していると言えます。

シンガポール法人のメリットまとめ
〜法人個人共に低い税率と社会保障負担

 こうした法人・個人の負担する税金・社会保障費の違いは、冒頭のLIXILDysonの両創業家の経営者がシンガポールに移住されてきている大きなインセンティブになったと容易に想像がつきます。

 まず会社に残る現金が大きくなるため、打てる手が広がり経営戦略の自由度が上がること、更に成長を追求できることは大きなプラスです。そして個人としてもお二人とも会社の大株主であり、かつCEOというポジション上相当な収入、そして大きな配当も得ていると思われます。こうした法人・個人への税制的なプラスは、LIXILDysonのシンガポールへの本社移転に相当な影響を及ぼしたものと想像に難くありません。

 ただし、実際に本社や機能の一部をシンガポールに移転したとしても、本国で生じる売上・利益については、しっかり日本で納税し、貢献をするのが義務です。LIXILであれば日本、Dysonであればイギリスで今後も相応の納税をしていくことと思います。そうした本国にも貢献しつつ、税のメリットを取っていくのは非常に合理的、と言えます。

最後に

 当社、シンガ・カンパニー・サービスではシンガポール法人の設立、運営サポート、そして税務面でのアドバイスも行っております。日本の顧問税理士がいらっしゃる場合は連携を取りながらのコンサルティング/顧問サポートも可能です。お手伝いできそうなことがありましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせフォームはこちらから

参考

新日本監査法人 https://www.shinnihon.or.jp/corporate-accounting/qa/tax-effect/tihouhoujintokubetsuzei-houteijikkouzeiritsu.html

LIXIL 決算短信  https://www.lixil.com/jp/investor/library/flash.html

日本国税 所得税 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm

日本国税 所得税 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm

上記はあくまでもざっくりとした見積りです。論旨がずれるため繰越損失や諸々の会計・税務控除は考慮に入れていません。ご了承下さい