つい先日、日経ビジネスオンラインにて衝撃的なスクープがありました。
「LIXILがMBO検討、日本脱出も」2019年1月21日
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00006/011800009/
中身は、創業一族の潮田洋一郎会長が本社を上場廃止してシンガポールに移転しようとしている、というもの。LIXILは古くはトステム、INAX他建具大手の会社が合併してできた超巨大企業で、売上は1兆数千億・社員は5万人を超える、日本を代表するグループの一つです。この日本を代表する企業がシンガポールに本社を移す、というのは大きなニュースになりました。潮田会長は会社として決議された事実は無いと否定しているようですが、火のないところに煙は立たないだけに、少なくとも本気で検討をしているのではないかと考えられます。
また、時を同じくして高級掃除機で大人気のダイソンもニュースを発表しています。
「Dyson to move head office to Singapore」2019年1月22日
https://www.bbc.co.uk/news/business-46962093 英語
https://www.bbc.com/japanese/46968640 日本語
ダイソンの本社移転は正式な決定で、シンガポールに住むCEOに合わせてCFO(財務責任者)、CIO(法務責任者)の二人がシンガポールに引っ越すことで本社を移すことになります。ダイソンの売上は6,300億円程とLIXILには及ばないものの、イギリスを代表する大企業です。そして世界的にも高級掃除機、”風”をテーマにした高級家電という新しい市場を切り開いた革新的企業として注目を集める存在です。そのダイソンがシンガポールに本社を移転するということで、大きなニュースになっています。
この2つのニュースに共通するのは、「国を代表する大企業がシンガポールに法人を移転しようとしている」「創業家の中核メンバーはすでにシンガポールに住んでいる」ということです。こうしたニュースが出ると、「シンガポールでは税金が安いからだ」と言われることが多々あります。そこで改めて、何故シンガポールに本社を移転しようとする、現地法人を設立してビジネスを移転しようとする会社があるのか、シンガポールに法人を持つ・拠点を移すメリットを特に税務面から考えてみたいと思います。
シンガポール法人のメリット1.低い法人税負担
〜シンガポールは最高で17% vs 日本は30%
シンガポールでは税率が低い、というのは一般に知られた事実となってきています。法人税は17%、個人の所得税は22%が最高税率です。実はこの税率については少し誤解があり、あくまでも”最高”税率であって実際の税率はもっと低い、というのが事実です。
例えば、利益が5,000万円(1SGD=80JPYで換算、625,000 SGD)の会社があったとします。この場合、シンガポールの法人税率はおよそ13%となります。これは中小企業向けの税金控除の仕組みがあり、利益の一定部分までは税金を値引きしてくれるため、少し低い税率になります。ただし、大企業の場合はこの控除もインパクトが薄れるため、結局ほぼ17%の法人税になります。対して日本の場合、法人実効税率は30%程になっています。この計算に基づくと、17%の違いが出ます。
このシンガポールと日本の法人税比較をLIXILのケースで考えます。2018年、LIXILの税引前利益が約900億円で、日本の法人実効税率だと法人税が270億円、実際には調整があるようで法人税は215億円となっています。つまり24%~30%の法人税が課せられると考えられます。これに対して、シンガポールの場合、17%の最高税率が課されたとして153億円の法人税となります。差分は8~13%、金額にして62億円~117億円も違ってきます。
1年で何十億という税金の差分=現金が手元に残る、という事実は、シンガポールに法人を移す大きな動機になります。事業においてはその現金は成長のための再投資に回り、更に利益・現金を生み・・・と複利で増幅されます。10年経つと1,000億円以上のインパクトが想像されます。
シンガポール法人のメリット2.低い所得税率と社会保障費負担
〜シンガポールでは最高で22% vs 日本は45%プラスアルファ
個人に目を移すと、シンガポールでは最高税率が22%となっています。ただ、この”最高”税率は、所得のうち400,000 SGD(約3,200万円)を超える部分にかかる税率で、それ以下の部分はもっと低い税率になっています。対して日本では、所得の最高税率は45%となっています。そこから控除があるため実際の所得税は低くなります。しかしながら、日本の場合、その他の税金、復興特別所得税、住民税が”実質所得税”としてかかってくること、社会保障費が収入に応じてかかってくること、があり、実際の税負担はもっと重いと言えます。
ケーススタディ 年収1,000万円
仮に年収が1,000万円だったとします。シンガポールの場合、所得税は7%で、住民税も他の所得に関わる税金はありません。社会保障費に該当するものはCPFというものがあり、シンガポール国民と永住権保有者のみ20%かかります。住宅の購入に使えたりするため、日本と完全一致はしないことにも注意が必要です。このCPFは外国人の場合はかからないため、所得税7%、で計算が終わります。
日本の場合、年収1,000万円だと所得税は17%超、更に復興特別所得税と住民税を入れると約30%になります。更に社会保障費は約15%ですので、何と45%にもなります。シンガポールの所得税7%+CPF20%=27%(永住権の無い外国人は7%)、日本の所得(+α)税30%+社会保障費15%=45%となると、18%~38%の違いが出てきます。年収1,000万円で200万円程の違いが出るので、生活が一変するくらいの違いですね。
ケーススタディ 年収5,000万円
年収が上がると更にこの差は大きくなります。次に年収5,000万円を考えてみます。このケースではシンガポール18%、日本だと税金だけで47%となり、差は29%で金額に直すと1,450万円の税金の違いです。言い換えると、税引き後の年収はシンガポールだと4,100万円、日本だと2,650万円と1.5倍以上の違いになっています。
更に社会保障費を考えると日本の税負担は明らかに重い、と言えます。もちろん、シンガポールでは社会保障費部分は別途コストがかかる(シンガポールでは自分で民間の健康保険に入る必要がある)ため、単純な比較はできません。ただ、自由になるお金という意味での収入は、税金と社会保障費負担の違いにより、シンガポールの方が”税と社会保障負担”は日本に比べて極めて軽い、と言えます。
シンガポール法人のメリット3.配当と資産に課される税金
〜シンガポールでは基本非課税 vs 日本は基本課税
資産運用に関わる税金面でも、シンガポールと日本では大きく異なります。冒頭に上げた二社の創業者のように、大企業の大株主となると配当収入は莫大なものになります。例えば、ユニクロの柳井家は352億円の配当を得ていると言われています。そのうち一部はオランダ法人で受け取っており、これはオランダが配当に対して課税しない税制を取っているためです。
シンガポールは配当非課税
シンガポールも同じく、配当には原則課税されません。そのため、もらったものをそのまま受け取ることができます。対して日本の場合、ざっくり言うと20.42%課税されます。この違いは大きく、先程のユニクロの柳井家で考えると、シンガポールで受け取れば352億円、日本で受け取れば281億円にまで目減りしてしまいます。
二重課税を避けるための税制度
稼いだものには税金がかかるものだ!という主張はおっしゃる通りなのですが、実はこの配当課税というのは、二重課税の問題をはらんでいます。まず、企業は稼いだ利益に対して法人税を払います。税金を払った後に残った利益(税引き後純利益)が主な配当の出処になります。この配当を払い出す時に、株主の側でも再度課税される、つまり法人レベルで一回、株主レベルで一回、合計二回課税されるため”二重課税”と言われます。
この二重課税を問題視して、配当に課税しないポリシーを取っている国が相当数あります。残念ながら日本は二重課税になっているので、20.42%払う必要があります。
シンガポールでは値上がり益(譲渡益)も非課税
もう一つ資産運用で大きな影響があるのは、値上がり益への課税です。株式や不動産を保有して売却時出る利益のことを譲渡益、といいます。この譲渡益に対して、日本では20%課税されるのですが、シンガポールでは非課税となっています。
これはシンガポールでは資産性のものには課税しない、所得性のもの(典型的には給与等)には課税をする、というスタンスのため、譲渡益には一切課税されないのです。そのため、株で資産を持っている人、つまり会社オーナーはシンガポールに来てから株式を売却する方が、譲渡益に課税されず、手取りが大きくなることになります。
更に、シンガポールでは相続税も非課税
この考え方は相続にも当てはまり、シンガポールでは相続税はゼロ・課税されないのですが、日本の場合最高で55%の相続税がかかります。実際は控除があるため、55%になることは無いのですが、仮に10億円の現金を相続したとすると、約48%程の税金がかかります。シンガポールではそのまま丸々相続できるのに対して、日本では半分しか引き継げない、という制度の違いがあります。
こうした相続時の問題から開放してくれる税制度を求めて、シンガポールに引っ越してくる方が多数ありました。その後日本政府が海外に出国する際に課す「出国税」を重くし、また相続時に”海外在住”と認めるための条件を厳格化したため、若干そうした移住をされる方も減ったように見受けられます。この相続税の違いは、それを理由に移住を実行する方が出てくるくらい、重要トピックなのです。
日本と大きく異なる税制度で起業家を引きつけるシンガポール
このように資産運用への課税については、もちろん制度の設計ポリシーの違い(日本では資産の再配分を重視)が大きく、一概にどちらが良い、悪いとは言えません。ただ一つ言えるのは、資産家・会社オーナーに取っては、シンガポールの税制は物凄く魅力的なしくみである、実際に日本の資産家や起業家を惹きつけている、ということです。
シンガポール法人のメリットまとめ
〜法人個人共に低い税率と社会保障負担
こうした法人・個人の負担する税金・社会保障費の違いは、冒頭のLIXIL、Dysonの両創業家の経営者がシンガポールに移住されてきている大きなインセンティブになったと容易に想像がつきます。
まず会社に残る現金が大きくなるため、打てる手が広がり経営戦略の自由度が上がること、更に成長を追求できることは大きなプラスです。そして個人としてもお二人とも会社の大株主であり、かつCEOというポジション上相当な収入、そして大きな配当も得ていると思われます。こうした法人・個人への税制的なプラスは、LIXIL、Dysonのシンガポールへの本社移転に相当な影響を及ぼしたものと想像に難くありません。
ただし、実際に本社や機能の一部をシンガポールに移転したとしても、本国で生じる売上・利益については、しっかり日本で納税し、貢献をするのが義務です。LIXILであれば日本、Dysonであればイギリスで今後も相応の納税をしていくことと思います。そうした本国にも貢献しつつ、税のメリットを取っていくのは非常に合理的、と言えます。
最後に
当社、シンガ・カンパニー・サービスではシンガポール法人の設立、運営サポート、そして税務面でのアドバイスも行っております。日本の顧問税理士がいらっしゃる場合は連携を取りながらのコンサルティング/顧問サポートも可能です。お手伝いできそうなことがありましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。お問い合わせフォームはこちらから。
参考
LIXIL 決算短信 https://www.lixil.com/jp/investor/library/flash.html
日本国税 所得税 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
日本国税 所得税 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
※上記はあくまでもざっくりとした見積りです。論旨がずれるため繰越損失や諸々の会計・税務控除は考慮に入れていません。ご了承下さい